Main Contents

  • Profile
  • Music
  • Instruments
  • Novels
  • Column
  • Lyrics
  • BBS
  • Diary
  • Link

  • Novels

  • ○頂き物
  • 花の咲く家(なる.著)3話完結 1. 2. 3.
  • 封印の少女(なる.著)4話完結 1. 2. 3. 4.
  • Space Maker(Chaos 著)1話完結 1.
  • *花の咲く家 (なる 著)

    3.
     突然私たちの前に姿をあらわした髪の長い和服の女性は、いわゆる「梅の木の精」と呼ばれるものであるらしい。
     「梅の木の精」くらいは目にしてもいちいち驚かなくなっているくらい、私はカシワギマサハルの後をくっついて歩いたココ2年間でいろんな超常現象を見ている。
     だから、カシワギマサハルの
    「彼女はね、誰かに自分のことを話したくて、気付いてほしくて、それでこれまでの一連の事件をおこしたのですよ」
    という言葉にも、とくに驚いたりもしなかった。
     妖精とか守り神とか妖怪とか、そういう存在を人間の倫理ではかる事はできない。
     彼らには彼らの善悪があり、彼らには彼らの情熱のありどころがある。
     自分の存在に気付いてほしいくらいの事で、人を交通事故にあわせるのはいかがなものだろうか?などという疑問はこういう場では効力を失う。
     それに、
     もし自分が誰からも忘れられてしまった存在だとしたら、
     例え人一人殺してでも気付いてもらいたいと、
     思いもしないと言い切れるだろうか?

     私とカシワギマサハルは、2人で「梅の木の精」の話を聞くことになる。
     この家の住人であり依頼主でもある三井さんは呼ばない事にした。
     常識的に生まれ、常識的に生活している人には、
    「この人は梅の木の精です。あなたに話したいことがあってご主人を交通事故に合わせ、お子さんを病気にしたんです」
    といったところで、なかなか真摯に受け止める事はできない。
     それが現実だし、現実とはそうあるべきなのだと、私も思う。
    「わたしがウマれたのハ、もう、ずいブんまえデす。わすレテシまうほドニ、ズットむかし・・・・・・」
     植物の寿命は長い。
     自分の出生さえも忘れてしまうほどに長く、そして静かに時は過ぎる。
    「わたしがコドモのころ、そだテテクれたのが、こコのいえの、ずっとセンぞニあたる、ヒトでしタ」
     梅の木の精の瞳が、過去に飛ぶようなうつろな色を映し出す。
    「とてモやさしいヒトデした。わたしは、ソノヒとのことガ、とてモすきでシタ」
     言葉が途切れる。
    「でもひトハ、ヨワい」
     瞳が鈍く輝く。
    「みなサキニしんデしまいマス。どんなニすきニナッテも、いつもワタしをオイテ、サキにしんでシマウ」 涙がこぼれる。ぽたりと落ちて地面に消える。
    「デモ、わたシはしあわセデす。このにワは、いつもミドりにあふレ、こどモタちはわらいナガらそダチマす。そのこドモたちが、マタおとナニなり、そしてシンデゆく」
     流れる涙を着物の裾でぬぐうと、それまで悲しみしかなかった顔が初めてほころんだ。
    「タクさんの、じんセイが、ワタしのまえヲトオリすぎテゆきまシタ。わたしハソレをみまモリつづケましタ。いつモコこで・・・・・・いつまデモここデ・・・・・・・・」
     私は、ふとカシワギマサハルを見る。
     優しそうな穏やかな表情。
     だが、カシワギマサハルは決して人の言葉を自分の心の中に入れない。
     いつも心はやわらかく柔軟に閉ざし、どんなものからも犯されるまいと守っている。
     優しそうで穏やかな表情の裏の、かたくなな拒否の心。
     それが私の知っているカシワギマサハルだ。今だって例外じゃない。
    「でもそレモ、もうおワリデす。わたシハちかいウチニ、くちてシマいます」
    「寿命ですか?」
    「ハイ」
     そこで梅の木の精は、初めてにっこりと微笑んだ。
     私たちの前に姿をあらわして、初めての笑顔。
    「ようやク、シネます。ようやク・・・・・・・・」
     初めて見る梅の木の精の笑顔は、まるで春を運んできたかのように美しく暖かく、そして寂しそうだった。
    「でも、そノマエにつたえナケレばなラナイコとが、どうしテモありまス」
     その後私たちは、何故梅の木の精が庭木を枯らしたり鯉を死なせたり、家の住人に危害を加えたりしたのか。
     そうまでして伝えたい事とはなんだったのか、という事を聞いた。
    「わたシのネノずっとおく、トテもふかイとこロニ、ほねガうまっテイマす。とテもふるいホネデす」
    「あなたを最初に育ててくれたという方の物ですか?」
     梅の木の精は、静かにうなずき話を続けた。
    「わたシがさみシクないようニト、そばニイテクれたのデス。イコツはうめノキのしたニウめてくれトイウゆいゴンをのこされたノデ、わたしハズットさみしクハありまセンデシた」
     気の遠くなるような昔の話。何十年前?あるいは、何百年前?
    「でモ、わたシハ、チかいうちニシにまス。そうシタラ、アノひとはヒトりニなってしマイマス。そんナコトは、できマセン」
    「それで、誰かに気がついてもらいたかったんですね」
     梅の木の精はまた、言葉もなくうなずいた。
     上げた顔に焦燥は見られず、ただ少し寂しそうな、穏やかな顔だった。
    「このカタヲ、ニンゲンのところにかえしてアゲテくださイ。ひとりボッチニなって、さみシクないよウニ・・・」

     梅の木の元に、自分の遺体を埋めてくれと頼んだ1人の男。
     その男の骨を抱いて、長い年月の孤独に耐えてきた一本の木の精。
     話を聞くことによって、その2人の運命に触れるカシワギマサハル。
     3人がいて一本の糸が繋がる。
     現代に語られる小さな昔話は、梅の木の精の満足そうな顔でようやく幕が閉じる。
    「僕にできるのは、話を聞くことと、それを伝えるべき人に伝える事だけです」

    「植物って、みんなあんなふうに思ってるの?」
     私は、帰り道に素朴に疑問に思っていた事を、口に出してカシワギマサハルにぶつけてみた。
     周りには植物があふれている。そのどれもがあんな深い愛情を持ち、孤独と背中合わせに生きているのだろうか?
     そこの木も?そこの花も?そこの草も?
    「植物というのは、普通人間との関わりを意識したりはしません。というよりも、関わりとか絆とか、そういう感情はありません。すべての感情がないとは言いませんが、人間を特別だと思ったり、愛したり、そういうことはないですよ」
    「でも、じゃあ、さっきの梅の木は?」
    「人間を愛する生き物は、人間だけです」
     カシワギマサハルは、そうはっきりと言った。
    「恐らく、あの木の下に埋められているという人間の意識と、梅の木の精が混在してしまったのでしょう。そうしてできたのが、先ほどまで僕たちと会話していたあの女性だと思われます」
    「そういうことってあるの?」
    「ありますよ。意識とか魂とか心とか、形ないものはとても自由ですから。混ざり合ったり分かれたり、そういうことはよくある事です」
     よくあること・・・・・・・・・なんだぁ・・・・・・・。
    「体というウツワがなければ、人だってもっと自由でもっと楽なんですよ」
    「体なしで生きてゆくの?」
     カシワギマサハルは返事の変わりに、こっちを見てにこりと笑った。
     きっと彼は、そういう「モノ」達を、たくさん見ていて、そういう存在が特別なものではないのだ。
     つまり、「体なしの生き物」を・・・・・・・・・。
    「体なしで生きていくのかぁ・・・・・・」
    「形あるものは、いつか壊れてしまいます。体というのも、その一つです。だからこそ愛しく、だからこそ大切にしなければならない。自分の体を大切にしてくださいね・・・・・・・って、なんだか僕、説教くさいですね」
     確かに説教くさい。
    「まぁ、カシワギマサハルが説教くさいのは、今に始まった事じゃないからね」
    「・・・・・・・僕、いつもそんなに説教くさいですか?」
    「ウン。説教くさいよ」
     私のその言葉で、カシワギマサハルは著しく落ち込んだ。
     こういうときに追い討ちをかけずば、女が廃るというもの。
    「例えていうなら、金八先生級」
    「中学生のみそらで、よく金八先生なんて知ってますね・・・・・・」
     落ち込んでいるくせに、なかなか鋭いところをついてくる。
    「カシワギマサハルだって、外人のくせに、金八先生を知っているとは、あなどれないね」
     すれ違いざまに私たちの会話を聞いていた近所のおばちゃんが、クスクス笑いながらお辞儀をした。
     近所の名物カシワギマサハルは歩いているだけで良く目立つので、みんながすれちがいざまに挨拶をしてゆく。誰も私たちが、実はシリアスな話をしているとは思わないだろう。
     こんな変な和服金髪外人だけど、私はわりとカシワギマサハルのことを気に入っている。
     それに、実は私はカシワギマサハルに大きな借りがあるし、2人だけの秘密もあるのだけど、それをここで触れていると長くなりすぎてしまうので省略。
    「そういえば、今日は9時のゴールデン洋画劇場で極道の妻たちをやりますよ」
    「うそ!?そっちに見に行ってもいい?どうせうちのお父さん、連ドラ見ると思うんだよね。カシワギマサハルは、もちろん極道の方見るでしょ?」
    「いいですよ。お待ちしてますね」
     それに、私たちは、意外と趣味が合うのだし・・・・・・・・。
    「いいよねぇー志麻姉さん」
    「いいですよねぇ。志麻姉さん」

                                       おわり


    Presented by Teppei's Music Office mail:info@daru8.com