4.
カシワギマサハルは私の中の「彼ら」を私の心の中の奥深くに封印した。
「彼ら」と私を切り離す事はカシワギマサハルにはできない。それはそれを契約した者同士が契約の解消をしなければ不可能な事なのだ、と彼は言う。
私の中に封印されている「彼ら」は私がカシワギマサハルの力の及ばないところにゆくのを待っているのだろう。
だから私は一生カシワギマサハルから離れないという約束をする。
私は安眠を取り戻し、将来のささやかな自由を失った。
「やっぱりいいわぁ、藤田まこと」
剣客商売再放送を無事見終えた私とカシワギマサハルが、改めて庭の桜の花見に興じていると、そこに1人の中年男性が尋ねてきた。
恐らくはこの人も「気味の悪い」現象に悩まされているカシワギマサハルのお客だろう。
カシワギマサハルは全ての人を平等に受け入れる。
しかし、彼は誰も心の中には入れない。それは私に対しても同じだった。
優しい笑顔は彼の防御壁。何人たりともそこを土足で踏み荒らす事はできなかった。
彼はいざとなったらどんなものよりも冷酷になれるということも、私は知っている。
カシワギマサハルと過ごすようになってから2年。
彼が私に「一生側を離れないで下さい」と言ってから2年が過ぎたのだ。
あれから私は、悪夢にさいなまれる事もない。そうして、カシワギマサハルの側を離れることもない。
前世の私が果たしてどういう契約を「彼ら」とかわしたのかは、カシワギマサハルを持ってしてもわからなかったが、今はそんなことにももう興味がなかった。
多分、大切なのは今だから。
生きるべきは今だから。
中年男性は縁側で花見に興じている私とカシワギマサハルの姿を捉えると、玄関ではなく直接こちらの方に足を運んだ。
遠目から見てもすらっとしたなかなかのマダムキラーといった感のある2枚目タイプだったが、近くで見るとなおいっそうその紳士ぶりが目に付いた。
黒のスーツに青のシャツでネクタイは落ち着いた感じのモスグリーンのチェック、背は高く縁なしのメガネをかけていた。メルセデスベンツに乗っていたら文句なくやり手ビジネスマンだと連想させる隙のない格好だった。
その格好のよい男性がおもむろに右手を自分の目線の高さまで上げると相好を崩してにっこりと笑った。
「よう雅治、久しぶりだな」
お客さんじゃなくて知り合いだったのね。と思ってカシワギマサハルのほうを見ると彼は私の方を見て小さく苦笑した。
まるでこれから何か面倒な事が巻き起こるということを私に知らせるかのように。
しかし、彼はすぐ何事もなかったかのように中年男性のほうに視線を戻した。すっと立ち上がり庭に降りる。
そうして言った。
「お久しぶりです、兄さん」
おしまい